P--1431 P--1432 P--1433 #1憲法十七条    憲法十七条  夏四月の丙寅の朔戊辰に、皇太子(聖徳太子)、みづからはじめて憲しき 法十七条作りき。  一にいはく、和らかなるをもつて貴しとなし、忤ふることなきを宗となす。 人みな党あり、また達れるひと少なし。ここをもつてあるいは君・父に順は ず、また隣里に違へり。しかれども上和らぎ下睦びて、事を論ふに諧ふとき は、すなはち事理おのづからに通ふ、なにの事か成らざらん。  二にいはく、篤く三宝を敬ふ。三宝は仏・法・僧なり。すなはち四つの生れ の終りの帰、万の国の極めの宗なり。いつの世、いづれの人か、この法を貴 ばざらん。人はなはだ悪しきもの鮮し、よく教ふるときはこれに従ふ。それ三 宝に帰りまつらずは、なにをもつてか枉れるを直さん。  三にいはく、詔を承りてはかならず謹め。君をばすなはち天とす、臣を P--1434 ばすなはち地とす。天は覆ひ地は載せて、四つの時順ひ行はれて、万の気、通 ふことを得。地、天を覆はんとするときは、すなはち壊るることを致さまくの み。ここをもつて、君のたまふときは臣承る、上行ふときは下靡く。故 詔を承りてはかならず慎め、謹まずはおのづからに敗れなん。  四にいはく、群卿・百寮、礼びをもつて本とせよ。それ民を治むるの 本、かならず礼びにあり。上礼びなきときは下斉ほらず、下礼びなきときはも つてかならず罪あり。ここをもつて、群臣礼びあるときは位の次乱れず、百 姓礼びあるときは国家おのづからに治まる。  五にいはく、餮を絶ち欲を棄てて、あきらかに訴訟を弁めよ。そ れ百姓の訟へ、一日に千の事あり。一日すらもなほ爾なり、いはんや歳を累ね てをや。このごろ訟へを治むるひとども、利を得て常とし、賄を見ては&M036170;す を聴く。すなはち財あるものの訟へは石をもつて水に投ぐるがごとし、乏しき ものの訴へは水をもつて石に投ぐるに似たり。ここをもつて貧しき民はす なはちせんすべを知らず。臣の道またここに闕けぬ。  六にいはく、悪しきを懲らし善れを勧むるは、古の良き典なり。ここをもつ P--1435 て人の善れを匿すことなかれ、悪しきを見てはかならず匡せ。それ諂ひ詐くも のは、すなはち国家を覆すの利き器たり、人民を絶つの鋒き剣なり。また 佞み媚ぶるものは、上に対ひてはすなはち好みて下の過りを説き、下に逢ひて はすなはち上の失ちを誹謗る。それこれらのごとき人、みな君に忠しさなく、 民に仁みなし。これ大いなる乱れの本なり。  七にいはく、人おのおの任しあり、掌ることよく濫れざるべし。それ賢哲 官に任すときは頌むる音すなはち起る、奸しきひと官を有つときは禍ひ乱れす なはち繁し。世に生れながら知る人少なし、よく念ふときに聖となる。事、大 いなり少けきことなく、人を得てかならず治まる。時、急き緩きことなく賢に 遇ふ、おのづからに寛るかなり。これによりて国家永久にして、社稷危ふか らず。故古の聖の王は、官のためにもつて人を求めて、人のために官を求め たまはず。  八にいはく、群卿・百寮、はやく朝りておそく退づ。公の事&M023076;なし。終 日に尽しがたし。ここをもつておそく朝るときは急やけきに逮ばず、早く退 づるときはかならず事尽きず。 P--1436  九にいはく、信はこれ義の本なり。事ごとに信あるべし。それ善さ悪しき、 成り敗らぬこと、かならず信にあり。群臣ともに信あらば、なにの事か成ら ざらん。群臣信なくは、万の事ことごとくに敗れなん。  十にいはく、忿を絶ち瞋を棄てて、人の違ふを怒らざれ。人みな 心あり、心おのおの執ることあり。かれ是んずればすなはちわれは非んず、わ れ是みすればすなはちかれは非んず、われかならず聖なるにあらず、かれかな らず愚かなるにあらず、ともにこれ凡夫ならくのみ。是く非しきの理、たれ かよく定むべき。あひともに賢く愚かなること、鐶の端なきがごとし。ここ をもつてかれの人瞋るといへども、還りてわが失ちを恐れよ。われ独り得たり といへども、衆に従ひて同じく挙へ。  十一にいはく、あきらかに功み・過りを察て、賞し罰ふることかならず当 てよ。日ごろ、賞すれば功みに在いてせず、罰へば罪に在いてせず。事を執 れる群卿、よく賞・罰へをあきらかにすべし。  十二にいはく、国司、国造、百姓に斂らざれ。国にふたりの君あ らず、民にふたつの主なし。率土の兆民は王をもつて主とす。所任せる P--1437 官司はみなこれ王の臣なり。いかにぞあへて公と、百姓に賦斂らん。  十三にいはく、もろもろの官者に任せるは、同じく職掌を知れ。あるいは病 し、あるいは使ひありきとて事に闕ることあり。しかれども知ること得んの日 には、和ふことむかしより識るがごとくにせよ。それあづかり聞くことなしと いふをもつて、公の務をな防ぎそ。  十四にいはく、群臣・百寮、嫉み妬むことあることなかれ。われすでに人 を嫉むときは人またわれを嫉む、嫉み妬む患へその極まりを知らず。このゆゑ に智おのれに勝るときはすなはち悦びず、才おのれに優れるときはすなはち嫉 妬む。ここをもつて、五百にて後いまし今賢に遇ふとも、千載にてももつて ひとりの聖を待つこと難し。それ賢しき人・聖を得ずは、なにをもつてか国を 治めん。  十五にいはく、私を背きて公に向くは、これ臣の道なり。すべて人私 あるときはかならず恨みあり、憾みあるときはかならず同ほらず、同ほらざる ときはすなはち私をもつても公を妨ぐ。憾み起るときは、すなはち制に違 ひ法を害る。故初めの章にいはく、上下和ひ諧ほれといへるは、それまたこ P--1438 の情なるかな。  十六にいはく、民を使ふに時をもつてするは、古の良き典なり。故に冬の 月に間あり、もつて民を使ふべし。春より秋に至るまでにて農桑の節なり、 民を使ふべからず。それ農せずはなにをか食はん、桑らずはなにをか服 ん。  十七にいはく、それ事、独り断むべからず、かならず衆とよく論ふべし。 少けき事はこれ軽しく、かならずしも衆とすべからず。ただ大いなる事を 論ふに逮んでは、もしは失りあること疑はしきときあり、故に衆とあひ弁ふ るときは辞すなはち理を得。